H.P.B.著作の和訳を試みる & 関連の話題 blog

ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (1831年 – 1891年) は、近代神智学を創唱しました。・・・主に彼女の代表作である「シークレット・ドクトリン」の和訳を試みています。

【秘密教義】 第2巻《予備的ノート》−1

  <<1888年に出版された H.P.ブラヴァツキー の著作>>

  H.P.ブラヴァツキー の著作であるシークレット・ドクトリンの日本語訳は昨年(2017年)12月に第2巻・第1部が竜王文庫・源忠氏翻訳で発売されています、抄訳では、東條氏の『シークレット・ドクトリンを読む』が既に出版されていて、高額な中古本となっています。 

 今回、シークレット・ドクトリン第2巻の予備的ノートを原文から試訳しました、素人の抄訳で誤訳もあるかと思います、不明な箇所は原著を御覧ください。

 

 

 ◎原書として、Theosophical University Press版 【 The Secret Doctrine】 を参照しました。

 

 ◎シークレット・ドクトリン原著はこちらでもフリーで見ることができます。

  The Secret Doctrine:The Synthesis of Science, Religion, and Philosophy

      By H. P. Blavatsky

  http://www.theosociety.org/pasadena/ts/sd.htm

 Online editions (free):

 

 

 

        シークレット・ドクトリン【秘密教義】 

 

 

 

 

         第2巻―《予備的ノート−1》

 

 

 

                      H.P.ブラヴァツキー 著

                                                                                 Aquamarith (ハテナ・名)    訳 

 

 

                       

 

 第2巻 人生発生論

 

 

 “私の教えは、私のものではなく、お伝えくださった御方のものである。”

                         ヨハネ福音書7-16

 現代の科学は進化の教義を主張している、“シークレット・ドクトリン”もそのように主張する、そして進化の考えは古代の伝説と神話により確認されてきた、聖書そのものでさえも行間を読むと確認される。

 わたしたちは、種からつぼみが、そして花へとゆっくりと育っていく有様を見る。しかし、あらかじめ決まっている物質的な変化の仕組みと、その後に形や色、香りを徐々に展開させる不可視な霊的な力というものが、すべてにあるのではないのだろうか? 

 

 進化という言葉はそれ自体を物語る。“種”(翌年の夏に咲く花に内包された存在)がその入れ物ともいえる親花の中で育まれているように、現在の人類の起源はこの種族の親の中に先に存在したに違いないだろう、 親がわずかに異なると、未来の子孫である種は同じように異なるのかもしれない。 現在のゾウとトカゲの大昔の祖先は、おそらくマンモスとプレシオサウルス(首長竜)である。

 

 私達の人類の祖先はヴェーダ、Voluspa、および創世記の“巨人”とするべきではないだろうか? “種の変容”を、進化論者のより唯物論的な見解のうちの、いくつかに従って起こったと信じることが明確に不合理な場合、それは、各々の属が、《軟体動物から始めて、終わり》それ自身が元々の原初の形体であり、それが修正されたのだと考えるのが自然である。

 

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《予備的ノート》

 

 太古のスタンザ、および有史以前の四大陸について。

「宇宙は無限の様相を持っているが、その本質はつねに恒常不変である。」――スピノザ

 

 二巻目である本書のスタンザとその注釈は、一巻目の宇宙発生論上のスタンザと同じく古代の記録から引用している。できる限り、逐語的な翻訳をしているが、スタンザのうちのいくつかが不明瞭すぎたので、説明なしでは理解できない。そこで、第一巻でそれらが最初に与えられた、やり方でまずスタンザ全体を冒頭にのせ、註釈とともに章句ごとに解説するときには、引用部分に必要に応じて括弧つきで言葉を補い、意味が明確になるようにした。

 

 人類の進化に関しては、シークレット・ドクトリンは三つの新しい命題を立てている。

この三つは、現代宗教の教義だけでなく現代科学とも対立している。シークレット・ドクトリンは、(a)私たち地球の七つの異なった場所で、七つの人類の集団が、それぞれ同時に進化した。(b) 物質的な身体が形成される前に、アストラルの身体が形成された、(c)この周期における人類は、類人猿を含む哺乳動物達よりも先行し動物界にあらわれた、と教えている。(註*)

 

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 (註*)創世記2章-19節参照。第2章7節ではアダムが形造られ、第2章19節では”神である主は、土から地上のあらゆる獣とあらゆる空の鳥を形造り、それらにどんな名を彼がつけるかをみるために、アダムのところに連れてきた。”と記されている。従ってアダムは動物より先に創造されたということである、ここでの動物とは黄道十二宮の象徴の動物であり、人とは「雄と雌」のことで、いわゆる人そのものでなく諸神が神自身の形に創造したセフィロトの宿主、諸フォース、天使たちである。そしてアダム、(人)は神自身に似せて造られたのではないし聖書のなかで断言されたわけでもない。そしてさらに第二のアダムたちは秘教的には七重であり、七つの人間と言うよりはむしろ人間のグループを表す。

それは最初のアダム、ーカドモンーは十個のセフィロトの総合であるからである。

 

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 私たち地球の七つの地域で、それぞれ同時に誕生した原初の人間たちについて語るのはシークレット・ドクトリンはだけではない。ヘルメスの「ポイマンドレース」にも同様に、(言葉を選ぶとすると)創造された霊魂たち即ち“天上の人間”そして、 自然から進化している七種の原始人の記述を見つけることが出来る。バビロニアの創生伝説を記したカルデアタブレット破片(ジョージ・スミスにより収集された)におけるクーサの最初のカラムには、ワタリガラス(黒く、浅黒い顔色)の顔をした七人の人間が(七つの)偉大な神によって創造された、と述べている。また、第16行から18行にかけては、“大地の中央で彼等は成長し、大きくなる・・七名の王、同じ家系の兄弟たち”と記されている。

 

 カバラには七人のエドム王*という記載がある、最初の不完全な種は(性)という“均衡”が存在する前に生まれたので滅ぼされた。(ゾハール、シフラ・ゼニウタ、イドラ・スータ、2928、ラ・カバラ、p. 205.)"同種族の七王が出現して、六千人にもおよぶ子供たちである人々をもうけた(ヒバート講義録p.372)。ネルガル神(死)が彼等を滅ぼした。“どのように彼等を滅ぼしたか?” “(シフラ・ゼニウタ)まだ存在していない人々を、平衡(又は釣り合)に至らせることによる”。

 

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  • 註・【エドムの七王】ヘブライ語エドムの七王は、イスラエルの子たちを治める王がいなかった時代に、エドムの地を支配していた(創世記36:31)カバラでは、エドムは均衡の前に不可避的に存在する諸力の不均衡な状態、つまり悪の支配を示し、イスラエルは均衡が達成された後の状態を示すと解されているが、東洋の秘教では、七つの根人種を象徴していると解釈する(ブラヴァツキー『神智学用語集』)。

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 彼ら自身(母体から染み出るように生まれた)の子孫のなかに(浸出され)合一されることにより“破壊された”すなわち、無性の種族は、潜在的に両性な種族――両性具有者――のなかに転生していき、かれらもまた、後期第三根本人種のなかに転生していったのだ。粘土板がそれ程壊れていなかったとしたら、太古の記録やヘルメス文書の記録の中の説明と、細部までは無理にしても最低の根本的な事実について ならば、一語一語同じような記述を見つけることができたであろう。 ヘルメス文書は部分的には良いが誤訳によりかなり損なわれている。

 

 これらの教えは見たところ超自然現象で寓話的であるが、聖書の不要になった記述や科学の最新の仮説とも比べられる、そのことが激情的な否定を呼び起すことは、まったく明らかである。 しかし、秘密主義者は、秘教哲学の伝統が正しいものであるにちがいないと知っている、なぜなら、それらは最も論理的で、すべての難題を説明できるからである。 さらに、私達はエジプトの“トートの書”“死者の書”、および七人のマヌたちを持つヒンドゥー教の“プラーナ”を持つ、同じようにカルデア-アッシリアの(タイル?)文書により、七人の原人とアダムたちの名称は、カバラの中で本当の意味が確かめられうる事に言及している。

 

 

 サモトラケの秘儀*を何でも知っている人々は、“カビル”の一般的な名前は七つの各地域において創造された島、エレクトリア(またはサモトラケ)であり“聖リムノスで誕生したカビール”(ヴァルカンのために神聖な島)の“神聖な火”であったことを知っているであろう。

 

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  • 註・【サモトラケの秘儀】サモトラ島でおこなわれたので、こう呼ばれる。この秘儀では、カビルたちをプルート(Pluto)、セレス(Ceres)、プロゼルピナ(Proserpina)、バッコス(Bacchus)、アスクレーピウス(Asclepius)ヘルメスの五神として祭っていた。(ブラヴァツキー『神智学用語集』)。

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 ピンダロス(前五世紀のギリシアの詩人)によると、アダムという名前であったこのカビルは、レムノスの伝統によると、“大地の「ふところ」から生まれた”原人のことであった。 彼は人類の系譜のなかにあらわれる最初の男性の原型であり、七名いる原人または人類の先祖のうちのどちらかの一人である。

 サモトラケフェニキア人により植民地化された。その前に、東方から来た神秘的なベラスゴイ人が入植していた、これらの事実を結びつけてみると、フェニキア人、カルデア人イスラエル人の秘密の神の正体がわかるであろう、そして、ノアの大洪水についての混乱した記録を容易に発見することができるだろう。

 

 モーゼはエジプト人からの天地創造についての考えのそれらを得た、それは紛れもなく後のユダヤ人のものになった。それらの創生記と最初の宇宙起源論の伝統―それらはエズラとその他により記述されていた―カルデア-アッカド人の記録からのものである。 従ってバビロニア人およびアッシリア楔形文字やあちこちに散在している他の碑文を調査することで十分である、アダム《Adam 》、アドミ《Admi》、アダミ《Adami》、という名前の本当の意味だけではなく、七名のアダムたち、つまり母なる大地から生まれた人類の元になる存在、霊的アストラル的な先祖達の聖なる火についても明確になるだろう。

 

 秘教の教えを無視するアッシリア学者 は“創生記”や聖書に現れる七と言う数字には関心を向けるのに、バビロニアの円筒印章(―筒状の判子、ころがして粘土板に印刷するー)に繰り返し現れる神秘的な七という数字には関心を持たない。 だが、破片が破壊されている条件にもかかわらず先祖の霊たちの数と、人類の先祖の七つのグループが"ポイマンドレース“やカバラの“隠された秘儀の書”の中においても同様に何とも簡単に見つけることができるのである。

 

 生命の木は後になってアダム・カドモンとなり、そして “善と悪の知識の木”も同様なのである。そして、その“木”は、詩篇32“その木のまわりには7つの円柱”がある、または、我々の宇宙上の7惑星の天球層は7人の創造的な天使が座する宮殿なのであるという。 天上のアダム(Adam Kadmon)が集合的な名前であると同じく、人間アダムの名前でもある。 ジョージ・スミスは著作の“カルデアの創生記”において次のように言う。 “これらの伝説のなかで、最初の人間であるということを示す名前として使われているアダムという単語は、あきらかに固有名詞ではなく、人類を意味する単語である。アダムは創生記の固有名詞として出現するけれど確かに、いくつかの節のなかではアッシリア語と同じ意味で使われている(p 86)。

 

 さらにいうと、カルデアの大洪水だけでなく聖書の大洪水(Xisuthrusとノアの物語)は、ヴァイヴァスワタ・マヌ*に関するインドの寓意に記録されている、大規模なアトランティスの大洪水をもとにしている。

 

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*【ヴァイヴァスワタ・マヌ】Vaiwaswata Manu。サンスクリット語。七番目のマヌの名前。大洪水後の人類、つまり、わたしたち第五根本人種の先祖。インドの太陽神スーリヤの子とされる(ブラヴァツキー『神智学用語集』)

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 さらに、 これらの洪水伝説は、サモトラケの秘儀にもとづいた顕教的な寓話である。古代のカルデア人たちが、プラーナの伝説において隠された、秘教的真実を知っていたならば、その他の民族はサモトラケの秘儀に気がつき、それを寓話化したであろう。彼らは、それを、天文学な思想と人類学的なというよりも、一部の性的な崇拝思想にむすびつけた。

 

 サモトラケは歴史的に古代から、国を沈めた、最も高い山々の頂上まで到達するほどの大洪水のため有名であったと知られていて、これはアルゴ船での伝説以前に起こった出来事である。 当時、湖として見られていた黒海(エウクセイノス海)の水が非常に突然にあふれ出した。しかし、イスラエル人は別の伝説をさらに持つ、それは約1万年前から1万2千年前にかけて起きた、現在のゴビ砂漠を海に変えた“大洪水”であり、たくさんのノアとその家族たちを周辺の山々に追いやった伝説である。

 

 現在、バビロニアの伝承は、数10万の壊された断片から復元されているだけなので、ここで引用される証拠としてはかなり不十分である、しかし、そうではあるが、それらは私たちの教えのすべてに繋がるもので、少なくとも確実に三つ確証しているのである。

 

それらは: —

 

(1.)最初に堕落した人類は暗黒の種族(Zalmat Gaguadi)だった、彼らはアダミまたは暗黒の種族と呼ばれた、そして長い間、純粋なままでいたのは光の種族であるサルクであった。

(2.) バビロニア人たちは最終的には二つの主要な人種を認めていた、神々の種族は(ピトリたちのエーテル複体)これらの二つの人種に先立ち存在していたことも認めていた。これはH.ローリンソン卿の見解である。これらの種族は私達の第二と第三の根本人種である。

 

 (3.)これらの七名の神々、それぞれが人を創造した、“幽閉(収監)され、顕現した神々”という人種である。これらの神々は、 ジ神、ジク神(高潔な命、純粋な指導者)、ミルク神(高潔な冠)“神々の死からの救助者”(後で)を幽閉(収監)した、そして“彼の手で造る暗黒の種”の創造者というリブズ神、“神の間では賢明”ニッシ神。。。。そしてスハブ神、そして、エアまたはサ、それらの統合である深遠な智慧の神、オアンネス龍、(集合的に) デミウルゴス、あるいは創造者と呼ばれる者達が最終的に降りた。(カルデアの創生記p 82参照)

 

 バビロニアの(粘土板の)断片に “創造物語”が二つある、そして、(旧約聖書の)創世記は、その最初の2章がエロヒムとヤーウェの創造物語であるという事を、誰でも見つけることが出来る。だがそれらが妥当ではないとして、他のいかなる顕教の記述にも保存されていない。 これらの秘密の教えの“創造物語”は、祖先(ピトリ、エロヒム)によって七人の原人がそれぞれ形成されたこと、 そして転落以前の人間の集団について伝えている。

 

 これらすべては、科学の光と、古代国家の聖書を含むあらゆる聖典とを比較し、取り入れ試されるであろう。一方、わたしたちが有史以前の種の根本人種の発生論に向かうその前に、これらの四つの偉大な根本人種(それは我々のアダムにはじまる現代の人類に先行する)が生まれて、生きて、死んだ複数の大陸につけられた名称について同意することが望ましいかもしれない。

 

 これらの大陸の古代の秘教的な名称はたくさんあり、その年代記と聖書に記した国の言語によって多くの言い回しが見られた。例えばベンディダード(Vendidad記述書)において、オリジナルのゾロアスターが誕生した場所はアイリヤネム・ヴァエーゴ(Airyanem Vaego)(see Bund. 79, 12)と呼び、プラーナの文学においては、“スヴェタドゥウィパ(Sveta-Dwipa)”とか“メール山、”と呼び、秘密教義においては“神々”を長とした者たちの住まう土地が、“惑星の霊たち。”と単に名付けられる。

 

 このようなわけで、混乱が生じるのを避けるために、これらの四つの大陸に知識のある方々にとって、もっと親しみやすい名称をつけるほうが便利であると考えられる。それは、神聖なる祖先たちによって展開した最初の大陸というよりも最初の種族が進化した最初の大陸であるので、次のように呼ぶことを提案する。—

 

《予備的ノート》-2へ 続く